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神の偉大な業(使徒2:1-13) 20260125

更新日:6 日前

本稿は、日本基督教団杵築教会における2026年1月25日降誕節第5主日礼拝の説教要旨です。 杵築教会伝道師 金森一雄


(聖書)

創世記11章1-9節(旧約13頁)

使徒言行録2章1-13節(新約214頁)


1.ペンテコステの出来事


使徒言行録1章4節には、「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい」と主イエスが命じたことと、そして5節では、「ヨハネは水で洗礼(バプテスマ)を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼(バプテスマ)を授けられるからである」と、その理由が書かれていました。

そして、本日の使徒言行録2章1節に、「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」と約束の聖霊が授けられたときの様子が書かれています。


「五旬祭」(ペンテコステ)というのは、五十番目、五十日目という意味の言葉で、過越しの祭りから七週を過ごしたあとの翌日、50日目から始まる祭りのことです。この祭りの歴史的意義は、出エジプトから50日後に、モーセにシナイ山で律法が与えられたことを記念する祭りで、この日には初穂の収穫が完全に終わったことを感謝して酵母を入れて焼いた二つのパンがささげられたことがレビ記23章17節(旧約199頁)に、そして寄留者や貧しい人のために残しておくために収穫後に落ち穂を拾い集めてはならないことが22節に、さらにその祭の第一日目は安息の日として守り、聖なる集会を開き、いかなる仕事をしてはならないなどと、ユダ人にとっての主の祝祭日の定めが書かれています。


2章2節に、その五旬祭の日に一同が一つになって集まっていると、「突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。」と書かれています。

ユダヤ人たちが各地から集まって、聖なる集会が開かれて大勢の人が集まる中で、主が約束されていた聖霊が降ったのです。


3節には、そのときの聴覚と視覚に訴える様子が書かれています。そして4節には、「すると、一同は聖霊に満たされ、”霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」と書かれています。


それから5-6節には、「さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった。」と、そして7節には、「人々は驚き怪しんで言った。」と、書かれています。

そして、人々が驚き怪しんだ理由として、「めいめいが生まれた故郷の言葉を聞」いた(8節)ことと、「神の偉大な業を語っている」こと(11節)だと書かれています。


このようにして、主イエスが復活された五十日目に、特別な聖霊降臨の出来事が起こったのです。

それが教会形成の始まりの出来事でした。そしてこの出来事を記念して、後のキリスト教会では、ペンテコステの日をキリスト教会の誕生日となったのです。


2.バベルの塔の物語


本日、私たちに合わせて与えられた旧約聖書は、創世記11章(旧約13頁)に書かれているバベルの塔の物語です。

創世記1章の「天地の創造」物語から、11章の「バベルの塔」の物語に至るまでは、世界や人間の「原初」の「歴史」が記されている部分で、旧約聖書神学の用語で「原初史」と呼ばれてい記述の最後の物語です。

わたしたちの今生きている世界が、なぜこのようになっているかということが克明に書かれています。すなわち、天地万物がこのようであった、人間がこのようにして存在している、そしてこのわたしが存在している、ということが書かれています。

それは、神が言(ことば)によって、何もない所から創造してくださった「無からの創造」物語です。それは神だけができるもので、神は創造されたすべてが「良かった」と仰っています。

それではなぜ人間の世界にも自分自身の中にも罪があるのか、ということになりますが、その理由が書かれています。人間は昔も今も変わらないということを知らされます。


「原初史」最後の、11章の「バベルの塔」の物語もそうです。

なぜ今、世界にこんなに多くの国と民族があり、異なった言葉があるのか。世界が一つになれずになぜ分断されているのか、この世界において人々が罪を重ねてバラバラになっているのはなぜなのか。この箇所を読めば、その理由が見えてきます。


11章9節に、「こういうわけで、この町の名はバベル(bā·ḇelバーベル)と呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(bā·lal:バーラル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。」と書かれています。

旧約聖書で、「混乱」は「bā·lal:バーラル」と言いまので、町の名前を発音が似ている「bā·ḇelバベル」と名付けたのでしょう。


現在も全世界に混乱が満ちています。人間の一致が見られません。人間が互いに心と心を一致させることができれば、いたわり合い、思いやり合うことや愛し合うことが生まれ、そこには罪は生じません。

ところが、人間はなかなか一致することができないので、そこに愛は生まれれず、代わりに生まれるのが罪なのです。


人間の罪の思いが端的に表れている言葉が、創世記11章4節の「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう」というものです。本来有名になることは、それ自体では悪いことではないかもしれません。自分の意に反して有名になってしまうこともありますし、旧約聖書のモーセや新約聖書のペトロのように、神さまによって有名にされてしまうこともあるでしょう。


しかし4節の「有名になろう」という言葉の持つ意味は、「自分の名を高めよう」というものです。人々は、自分の名を他の人よりも高いところに置こうとしました。その行き着く先は、自分の名を神の位置にまで高めるようとする、神なしでやっていけるようにしようとするようになるのです。

人を押しのけようとする、そして神をも押しのけようとする、そこに罪が生まれるのです。

 

3.神の偉大な業


創世記11章までが、「原初史」でしたが、創世記12章からは、バラバラになった人間を一つに結び合わせる神の業が始まっていきます。11章6−8節には、主は人間が何を企てても、妨げることはできない、と仰って人間の言葉をバラバラにして天まで届く塔のある町を建てようとした人間を全地に散らされた、と書かれています。


それにもかかわらず、神は神の民をお造りになろうとするのです。

そして、12章からのアブラハム物語の幕が開くのです。それから気が遠くなるほど膨大な年月をかけて、着実に神の業が進んでいきます。

アブラムの妻サラは、長いこと子宝に恵まれなかったのですが、九十歳を越えて息子イサク(「笑う」と言う意味)が与えられます。

そしてイサクの子ヤコブからイスラエルの12部族が形成されていくのです。波乱万丈のイスラエルの民の歩みが続きます。


そのイスラエルから世界の救い主であるイエス・キリストが誕生し、ユダの裏切りとわたしたちの罪のためにイエスは十字架につけられますが、三日後には復活され、昇天と聖霊降臨のペンテコステの出来事へとつながり、イエス・キリストによる救いは、教会形成が行われていく中で全世界に広げられていくのです。


このように聖書の物語を大胆に概観してみますと、バベルの出来事は、「人間が神に近づこうとした出来事」で、それによって言語がバラバラにされて人間が散らされた出来事であることと、ペンテコステの出来事は、「聖霊なる神が天から人間に近づく出来事」で人間の一致、教会形成が始まった出来事である、と対照的な両極にある出来事だということが、お分かりいただけると思います。


現在も、日本においても世界においても、バベルの塔で示されたような人間の罪深さ、高ぶりの罪は深まる一方です。世界がますますバラバラになって一つになれない出来事が続いています。

主なる神の意思に従わず、国同士が非難し合い、人と人との心が通い合いません。

しかし「神の偉大な業」は前進していきます。神の御心は、天地が造られて人間が造られた時以来、いや、その前から変らないのです。主なる神の栄光を称えるの民を造ろうとされているのです。


わたしたちの目には、三歩進んで二歩下がるようにしか見えませんが、今も、世界各地で神の言葉が語られ聴かれ続けています。

それは言葉が一つになることではありません。

言語がバラバラであったとしてもわたしたちの心が主にあって一つになって「神の偉大な業」が語られ、聴かれることによって、神の民を形成されようとされているのです。


「神の偉大な業」が見られ、語られ、聴かれるところが教会です。わたしたちが「神の偉大な業」に感謝し、聖霊に包まれてみ言葉を聞き、主を讃美することができますように、そして共におられる主が主の前に集うわたしたちの心を整えてくださいますようにと、お祈りします。

 


 
 
 

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​(新約聖書マタイによる福音書11章28節)

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