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受難節灰の日のご挨拶 20260218
杵築教会のウェブサイトでは、さまざまなテーマについての聖書の教えやメッセージが掲載されており、読者の皆さんがそれぞれの疑問や悩みに対して答えを見つける手助けとなっています。
さらに、杵築教会は、サイトを訪れるすべての方々に向けて重要な情報を提供することを目指しています。信仰に関する情報だけでなく、生活や社会におけるさまざまな問題に対する考え方やアドバイスも提供しており、より豊かな人生を歩むための支援をしています。
杵築教会のウェブサイトを通じて、皆さんが心の平安や力を見つける手助けとなることを願っています。ぜひ、興味を持たれた方はサイトを訪れてみてください。どうぞよろしくお願いいたします。
abba 杵築教会
2月18日読了時間: 2分
ヨセフの使命(マタイ2:13-23) 20251228
イエスの誕生も成長も神の御計画の中にあった出来事だと強調されているのです。 神のご計画の中で、主イエスは、他の人の手を借りなければ生きていけない幼子として、わたしたちのところに来てくだいました。夢で告げられたことに従順に従うヨセフのもとで命が守られて主、成長されます。大工としての仕事もヨセフに習って始めたのでしょう。やがてヨセフは自分の使命を果たして死去しますが、ヨセフの名前が出てくるのは今日の聖書箇所が最後なのです。
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2025年12月28日読了時間: 10分


飼い葉桶から十字架への愛(ルカ2:1-7) 20251224
そう考えてみますと、「飼い葉桶」も「十字架」も主イエスの愛を象徴するものとして受け取ることができます。主は、そのような一見忌み嫌うようなものをも用いてくださり、わたしたちのための救いのみ業を成し遂げて下さったことを知るのです。そして、主イエスの復活によって、わたしたちにも、死に勝利する新しい命の約束を与えて下さったのです。
わたしたちが今感じている様々な不安、憂慮、心配は全て、「飼い葉桶」から「十字架」への父なる神の愛のみ手の中にあることです。
神はわたしたちの困難も逆境をもご存じで、それらすべてを用いて、救いのみ業を必ず実現させて下さるのです。
abba 杵築教会
2025年12月24日読了時間: 8分
黄金、乳香、没薬(マタイ2:1-12) 20251221
わたしたちは、東方の博士たちのように黄金、乳香、没薬そのものを献げなければならないということではありません。なぜなら、そのよなものとは較べものにならない主イエスの十字架の死が、わたしたちの罪と咎の身代金として神の裁きの座に差し出されたからです。
ローマの信徒への手紙12章1節(新291頁)でパウロは、「こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。」と言っています。
abba 杵築教会
2025年12月21日読了時間: 10分
黒田恭介牧師:主の恵みを受け入れよう(マタイ1:18-25) 20251214
イザヤ書7章14節で預言者イザヤは言いました。「ダビデの家よ聞け。あなたたちは人間に/もどかしい思いをさせるだけでは足りず/わたしの神にも、もどかしい思いをさせるのか。 それゆえ、わたしの主が御自ら/あなたたちにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み/その名をインマヌエルと呼ぶ。」
そういうように、君たちがそんなにしるしを求めないなら、神様が御自身がしるしを与えてくださる。若い女の人がみごもって、男の子を産むでしょう。その人は、インマヌエル・つまり、神様が共にいてくださる、という意味の言葉なんですが、そういうことを実現してくれる人だ、ということなんですね。
abba 杵築教会
2025年12月14日読了時間: 9分


顎の骨の骨折経過報告 20251214
日本基督教団杵築教会 伝道師金森一雄 主の御名を賛美します。 2025年の待降節いかがお過ごしですか。私ごとですが、11月14日、散歩途中の6,580歩目に道路の細い切目にランニングシューズの右足の爪先がぴったりはまって、いきなり右足が取られた形で転倒しました。 着地が顎と胸で水泳の飛びこみのようになったようです。顎の左右の付け根と顎を骨折、歯も二本欠けましたが、頭や足腰には異常がありません。幸いなことに、転倒した現場は、杵築中央病院の入り口にあるガソリンスタンド前の道路でしたので、周囲の人に助けられて杵築中央病院に運ばれ、すぐにCTスキャン、レントゲンと顎の傷の手当を受けて、別府医療センターの口腔外科に運ばれました。 事故後、今日でちょうど一ヶ月。ここまでの主日礼拝がありましたが、「教師は治療に専心しろ」「クリスマスの準備も全員で」と言って、責任役員が輪番で説教の代読をしてくれ、またクリスマスの諸準備も全員が一致して進めてくれています。こんな風に、教師の不手際や怪我までも用いてくださる主がおられることを目の当たりにすることができました。
abba 杵築教会
2025年12月14日読了時間: 2分


恐れることなく主に仕える(ルカ1:57-88) 20251207
「これは我らの神の憐れみの心による。この憐れみによって、高い所からあけぼのの光が我らを訪れ、暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、我らの歩みを平和の道に導く」と、ザカリアは語っています。神さまの怒りを受けて滅びるしかないわたしたち一人一人の生まれつきの姿を見つめ、そのわたしたちの上に、神さまの憐れみによって、あけぼのの光が訪れ、わたしたちを照らして下さる、と書かれているのです。
わたしたちは、この光に照らされて、「平和の道」へと導かれるのです。
abba 杵築教会
2025年12月7日読了時間: 9分
幸いな二人(ルカ1:39-56) 20251130
45節でエリサベトは、「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう」と言ってマリアを見つめています。
マリアは、神さまがお語りになった恵みのみ言葉は必ず実現する、たとえそれが人間の常識や理解を超えたものであっても、神さまの力によってそれは必ず現実のものとなると信じていましたから、このマリアの信仰を称えて言っているのです。「主がおっしゃったことは必ず実現する」という言葉は、マリアの信仰であると共にエリサベトの信仰なのです。
人間の思いを超える神さまのみ力によって子を宿すこととなった二人は、共に、主がおっしゃったことがは必ず実現することを自分の体で体験させられて、共鳴しているのです。その信仰によって、二人共、「幸いな者」となっているのです。
abba 杵築教会
2025年11月30日読了時間: 9分
アドベントのご挨拶 20251130
この度は、11/14不測の事故により皆さまには多大なご心配をおかけしました。
神さまの憐みと皆さまのお祈りに支えられて、回復に向かっております。
今後は、ゆったりとした歩みで進ませてくださいと祈っています。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
2025年11月30日
金森一雄、金森涼子
abba 杵築教会
2025年11月30日読了時間: 1分
この身に成りますように(ルカ1:26-38) 20251123
最後に天使が語った言葉が、37節の「神にできないことは何一つない」というものです。この言葉)を聞いたマリアは、38節で「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」と言っています。マリアは、主を完全に信じて受け入れています。
そしてマリアは、神は語られたみ言葉を必ず実現することができる、自分に対して語られたみ言葉も必ずその通りに神が実現して下さる、と信じて、神のみ手に自分を委ねたのです。
abba 杵築教会
2025年11月23日読了時間: 11分
新しい言葉を語る(マルコ16:9-20) 20251116
わたしたちは希望に生きる群れです。
誘惑や困難や罪、病や死に打ち勝つことが約束されているという、「新しい言葉」がわたしたちの口から出て来る、主イエスが今もわたしたちのなかで生きて働いておられる、とわたしたちは信じています。
神は愛なる方であり、わたしたち一人一人と共にいてくださいます。
主イエスは、十字架と復活の出来事を通じて、わたしたちにそのことを示してくださいました。
わたしたちを「神は愛なり」と言う言葉を受取って、主を信じる者とさせてください。
主なる神が、わたしたちを導き、励まし続けてくださり、わたしたちが、主の栄光を仰ぎ見て、主の道を歩み続けることができますよう導いてください、とお祈りします。
abba 杵築教会
2025年11月16日読了時間: 10分
イエスの復活(マルコ16:1-8) 20251109
今日の説教の説教題を、「イエスの復活」としましたが、お前たち、わたしたちの復活です。
わたしたちはイエスの復活を知っている者たちです。イエスの復活によって、空っぽの墓に驚き、恐れ、復活の主イエスと出会い、復活を信じる群れが生まれました。
それは、恐れではなく、喜びに生きる群れです。
死、病、罪、あらゆる恐れを乗り越えられる道がここにあります。
わたしたちはその信仰に生きることができるのです。
abba 杵築教会
2025年11月9日読了時間: 9分


朝ごとに新たになる(マルコ15:42-47) 20251102
聖書は、葬りということにおいて、この死の苦しみ、悲しみ、絶望を誤魔化すことなく具体的に見つめています。しかし、神の独り子主イエス・キリストが、私たちのために死んで葬られ、そして復活して下さいました。主イエスの墓は空になったのです。そのことによって、主イエスを信じ、主イエスと結び合わされて生きるわたしたちにとって、「葬られる」ことの意味は変わったのです。
全てを失って光を見ることのない暗い土の底に閉じ込められるという死の苦しみ、悲しみ、絶望が、神のみ力によって滅ぼされ、主イエスと共に神のもとで永遠の命を生きる喜びが与えられるのです。
主イエス・キリストが、十字架にかかって死んで下さり、葬られて下さり、そして復活して下さったことによって、この救いが、死を越える希望が、私たちに与えられたのです。
abba 杵築教会
2025年11月2日読了時間: 10分
愛ゆえに怒る・恕す(マルコ15:33-41) 20251026
今日の説教題を『愛ゆえに怒(おこ)る・恕(ゆる)す』とさせていただきました。
「怒る」という漢字は、女という漢字の右側に又と言う字を書いて、その下に心と書きます。その「怒る」という漢字の又の部分を口に変えるだけで、「恕す」という漢字に なって、全く反対の意味になるのです。
「恕す」という漢字の由来は、孔子の『論語』にあります。簡単に説明しますと、孔子が弟子からたった一言で一生それを守っていれば間違いのない人生を送れるという大切な言葉は何ですか?と聞かれた時に、孔子が「恕す」という漢字一字で『恕』であると言われたのです。その意味は、慈しむとか赦す、憐れむという意味です。
abba 杵築教会
2025年10月26日読了時間: 10分
聖書の言葉が実現した(マルコ15:21-32) 20251019
大切なことは、主イエスの十字架の出来事は、予期できなかった突発的な出来事ではないということです。主イエスが極限の苦しみを受けて死ぬことを、父なる神が計画し、主イエスが予告しておられました。神はわたしたちのための救いのみ業を、このようにして行なって下さったのです。
「聖書の言葉が実現した」のです。
abba 杵築教会
2025年10月19日読了時間: 9分
復活と救い(ルカ24:13-25) 20251012
今回の聖書箇所は、イエス様の救いにあずかったのに、霊的に目が遮られた弟子たちです。これは、文字通り私たちの姿です。
エマオ途上でのイエス様の出現を、イエス様がいつも我々と共におり、永遠の命と復活に導かれることを聖書は伝えています。
二人の弟子は、目が遮られ、イエス様であるとは気づきません。これは、我々の姿です。人生を振り返ると、その節目、節目で神様の導きがあった事実に、思い当たります。人生は、後で振り返ると、イエス様の助けなしには、乗り越えることはでみませんでした。でも、苦労や苦しさの只中にある時には気がつきません。悩みを抱え、不安な心で、困難を乗り越えさせてくださり、心の不安を癒やされた後になって、イエス様に守られた事実に、気がつき、改めて感謝を捧げる人生ではなかったでしょうか。
abba 杵築教会
2025年10月12日読了時間: 6分
沈黙の意味(マルコ15:1-5) 20251005
今日の聖書箇所では、主イエスの話された言葉はそれだけです。もし尋問の中で、主イエスが沈黙せず口を開いて、マルコによる福音書12、13章で主イエスが語られたように、祭司長、律法学者、長老たちを打ち負かすほどの答えをしたならば、ピラトはイエスに無罪の判決を下していたと思います。そうなると主イエスの十字架の出来事が起こらなかったことになります。主イエスがピラトの尋問の中で沈黙されていた理由は、ここにあるのです。
主イエスは、自分一人がわたしたちの罪を背負って身代わりとなって、ご自分が十字架に架かることを受容されていたのです。その決意をもって沈黙されたのです。すべてを父なる神にお委ねした神の独り子としての姿です。
abba 杵築教会
2025年10月5日読了時間: 10分
キリストの光(マルコ14:66-72) 20250928
キリストの光に照らされて、その主イエスの恵みのみ手に気づかされる時、わたしたちは自分の罪に気付かされて泣くしかありません。しかし主イエスの恵みのみ手の中で泣くことができるわたしたちは幸いなのです。
その涙は、絶望ではなく赦されて新しく生きる希望をもたらすものとなるのです。
abba 杵築教会
2025年9月28日読了時間: 8分


真理のために共に働く(ヨハネ三1-8)20250921
ヨハネは、8節で「だから、わたしたちはこのような人たちを助けるべきです。そうすれば、真理のために共に働く者となるのです。」と告げます。ガイオ自身は伝道のために、巡回伝道者のように外に出掛けることはしません。しかし、巡回伝道者を助け支えるというあり方で、主の福音伝道のために共に働く者となっているのです。ガイオは、ダビデに対するバルジライのように、神様に選ばれ立てられた者を支えるというあり方で、神様の御業に仕えていた。私たちも、そのような者として召されているのだと思うのです。
abba 杵築教会
2025年9月21日読了時間: 8分
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