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約束の聖霊(使徒1:1-5)20260104

更新日:1月5日

 本稿は、日本基督教団杵築教会における2026年1月4日降誕節第2主日礼拝 の説教要旨です。 杵築教会伝道師 金森一雄


(聖書)

イザヤ書 32章 15-20節 (旧約1112頁)

使徒言行録 1章 1-5節 (新約213頁)

 

使徒言行録は、何人かの使徒や伝道者たちの発言と行いを記録したもので、教会がどのようにして誕生し、どのように歩んでいったか、ということが語られていきます。 

すなわち、主イエス・キリストによる救いにあずかって主イエスに結び合わされて生きる者とされた人々が、教会という群れへと結集された初代教会の様子です。そこから信仰を持った人たちが押し出されるようにして、み言葉を宣べ伝える働きをして主イエスの福音が広まって行きます。


これから使徒言行録の連続講解説教をしてまいりますが、多くの人々が主イエスを信じて共に歩み出し、信じる者の群れとしての教会が生まれ育っていった、初代教会の伝道の息吹と活力を、これからご一緒に体験して行きたいと願っています。 

 使徒言行録を読むということは、使徒たちと共に伝道の旅に出ることです。今日から、皆さんと共にその新しい旅に出ます。

旅路の先に何が待っているのか、素晴らしい体験、喜ばしい出会いが与えられますので、とても楽しみです。


旅路の途上にはいろいろと苦しいこと、つらいことがあります。行き詰まってしまうこともあるかもしれません。その時は共に祈り合い、支え合い、助け合って苦境を乗り越えたいと祈ります。 これから始まる使徒言行録の説教がこの旅路を導くのですが、それを聞く皆さんと説教者が共に手をたずさえて歩んでまいります。皆さんの支えなしには語ることができません。

旅の仲間としてよろしくお願いします。 

 

1.テオフィロ 

 

使徒言行録は、「テオフィロさま、わたしは先に第一巻を著して、イエスが行い、また教え始めてから、お選びになった使徒たちに聖霊を通して指図を与え、天に上げられた日までのすべてのことについて書き記しました」と言う挨拶の言葉で始まっています。先に書いた「第一巻」とは、ルカによる福音書のことを指しています。 

ルカによる福音書の冒頭にも、テオフィロという人への献呈の言葉が書かれていましたので、ルカによる福音書が第一巻で使徒言行録が第二巻と位置付けて、著者は同じルカだと考えられています。 

 

ルカは、使徒言行録を書き始めるにあたって、先に書いたルカによる福音書について、「イエスが行い、また教え始めてから、お選びになった使徒たちに聖霊を通して指図を与え、天に上げられた日までのすべてのことについて書き記しました」と要約しています。ですから、使徒言行録に書かれていることをより深く味わうためには、ルカによる福音書から①主イエスのみ業と教え、②十字架の死と復活と③昇天の出来事の記述を切り離すことなく一体のものして受け取ることが求められます。 

 

2.使徒の選び 

 

続いて、「お選びになった使徒たちに聖霊を通して指図を与え」と書かれています。

「使徒」という言葉は、ルカによる福音書の6章13節に、「朝になると弟子たちを呼び集め、その中から12人を選んで使徒と名付けられた」と書かれていますので、主イエスが命名した言葉で、「遣わされた者」という意味です。英語で言うと、メッセンジャーで、主イエスが派遣する意志を持って、弟子たちの中から12人を選んで名付けたのです。 

 

ルカ福音書の最後の24章45-48節(新約161頁)に、使徒を派遣する目的についてあえて整理して申し上げますと、三つのことが書かれています。

それは、①イエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて、言われた。②メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる。と言われた。③エルサレムから始めて、あなたがたはこれらのことの証人となる。と言われた。ということです。

 

ここには、「聖書を悟らせるために心の目を開いて」と、書かれていますが、それは、聖霊の働きによって実現することです。

同じ聖霊がわたしたちに今も働きかけています。

わたしたちが、①み言葉を聞き、②主イエス・キリストによる救いを信じ、③主イエスを遣わして下さった父なる神の愛を信じる信仰を与えられるならば、そこには既に、聖霊の働きがあるということです。


聖霊が導いて下さっていなければ、わたしたちは教会の礼拝に来ることも、主イエスを信じることも、あるいは信じたいと思うことすらもなかったでしょう。わたしたちが今こうして共に礼拝を守っているということ自体が、わたしたち一人一人に既に聖霊が働いていて下さっていることなのです。 

 

ですから、これからわたしたちが、使徒言行録を読みながら、使徒たちと共に伝道の旅に出るということは、主イエスに使命を与えられて、メッセンジャーの一人として同行するということなのです。

すでに皆さんは、そのために今いらっしゃるところに遣わされているということになります。


3.約束の聖霊

 

使徒たちが主イエスから言われたことは、エルサレムを離れず、約束の聖霊を待つようにということです。主イエスによって選び出され、聖霊によって使徒として遣わされていく彼らに、先ず命じられたことは、エルサレムにじっと留まって約束の聖霊を待つことでした。 


み言葉を宣べ伝え、主イエス・キリストを証ししていく使徒たちが、その使命を果たすために先ず第一になすべきことは、人間の力や努力や工夫ではなく、聖霊を待つことでした。 聖霊が降り、聖霊が働いて下さらなければ、使徒は使徒となることができないのです。 


けれどもここで大切なことは、彼らは何の保証もなしにただ待っていたのではないということです。言い換えれば、主イエスは彼らに約束の聖霊を待てとお命じになるに際して、その約束の確かさをきちんと示して下さっていることです。 

 

そのことが使徒言行録1章3節に語られています。

「イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。」というのです。

ここに「神の国について話された」とありますが、神の国とは神のご支配という意味です。

主イエスが十字架にかかって死に、父なる神が死の力に勝利して主イエスを復活させて下さって四十日間この世界に現れてくださいました。そのことをもって、神のご支配が死の力に打ち勝ったことを示しておられるのです。


それから4節で、「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい」、そして5節では、「ヨハネは水で洗礼(バプテスマ)を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼(バプテスマ)を授けられるからである」と書かれています。

「父の約束されたもの」とは、聖霊のことです。そして、聖霊を通して与えられたことが、約束された聖霊を待て、ということなのです。

 

ここで主イエスは、「洗礼(バプテスマ)」と言われていますが、「洗礼式」の儀式のことを言っているのではないようです。ここで言う洗礼(バプテスマ)という言葉は、「(水に)浸す」という意味です。すなわち、「聖霊による洗礼(バプテスマ)」というのは、聖霊に浸されるということ、聖霊にどっぷりつかること、聖霊を浴びることを指しているのです。


実際に使徒たちは、さらに十日の間待ち続け、2章1節の五旬節の日(復活の50日後)に聖霊が降り、神の国の伝道を始めたのです。これが今日まで続くわたしたちの教会の創立記念日です。


すなわち、ルカ福音書24章48節(新約162頁)で、復活された主イエスが、「わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。・・都にとどまっていなさい。」と言われたことと、この使徒言行録が結びつけられていて、 聖霊が与えられる約束とは、ルカ福音書が語ってきた主イエスのご生涯の十字架の死と復活という恵みの出来事全体の出来事のことなのです。

 

この世界を本当に支配しているのは、神に敵対する罪や死の力ではありません。

主イエスの復活によって神の恵みのご支配が既に確立しているのです。どこか遠くの、あるいは死後の世界としての神の国や天国がある、という話ではないのです。主イエスが復活して生きておられるというのはそういうことを示していることなのです。


まことの支配者であられる神が、聖霊を送ると約束して下さっている、だからその約束は確かなものなのです。

この信仰、確信があったからこそ、使徒たちは主イエスが約束して下さった聖霊を静かに待つことができたのです。 

 

4.神の霊の働き 

 

イザヤ書32章15節(旧約1112頁)の小見出しには、「神の霊の働き」と書かれていて、「ついに、我々の上に、霊が高い天から注がれる。荒れ野は園となり、園は森と見なされる。」と、そして16節に、「荒れ野に公平が宿り、園に正義が住まう。」、そして17節には、正義が平和と信頼を造り生み出す、18節に、「わが民は平和の住みか、安らかな宿、憂いなき休息の場所に住まう。」と、預言されています。

まさに旧聖書に書かれていたとおりの神が約束してくださっていた出来事なのです。 

 

使使徒言行録の主人公は使徒たちですが、正確に言うならば、それは使徒たちではなくて、聖霊なのです。神の独り子主イエスによって成し遂げられた救いのみ業が、使徒言行録において、聖霊の働きによって継続されて前進していくのです。 

 

使徒たちに約束された聖霊が、使徒言行録2章のペンテコステの出来事において与えられました。そして教会が誕生したのです。

わたしたちは今その教会へと招かれ、教会に連なる者とされています。わたしたちは既に約束の聖霊の働きの下に置かれているのです。


わたしたちは、2026年の年初から、天国のパスポートを持って、使徒言行録を読み始め、信仰によって使徒たちと共に聖書旅行に旅立とうとしています。

主が聖霊による主イエス・キリストの救いのみ業を体験させていただく準備を整えてくださいました。わたしたちに日々新たに約束の聖霊を与えてくださいます。

さあ、ご一緒に主の約束を信じて出かけましょう。



 
 
 

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疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。

​(新約聖書マタイによる福音書11章28節)

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